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アンジェリカ 第二節① 遭遇(そうぐう)
2007-09-15 Sat 23:19
第二節 剣の代償

 


 僕は本のページをめくった。

 本の内容は法律だ。

 僕は父の跡を継ぎ法務官になるつもりだ、そのために日夜勉強をしている。

 学校に通ってはいるが今は長期休暇中のため、一日中こうして本と向き合っている。

 ガチャ

 ドアが開き一人の男が入ってくる。

「おっ、やっているなウェイン、だが、根を詰めすぎてもいけないぞ」

 入ってきたのは父だった。

 僕は本を閉じて一つため息をつき

「うん、わかってるよ父さん……でも、今がんばっとかないとね」

 僕は言って父に笑みを向ける。

「ところで、フローラはまだ帰ってないのか?」

 父の問いに僕は少し顔をしかめ窓の外に視線を向ける。

 二階の窓から見下ろす町にはもう明かりがぽつぽつと灯り始めている。

「買い物に行くって出ていったんだけど……まだ帰ってないのかい?」

「ああ……私が探しに出てみよう」

「いや、いいよ僕が行く、ちょうど気分転換もしたいと思ってたところだしね」

 僕は言って椅子から立ち上がったとき

「ただいまー」

 下から聞こえてきた声に僕は肩から力を抜く

「行く必要なかったみたいだね」

「の、ようだな……」

 父もほっとした様子で言う

「やれやれ、もうすぐ嫁に出るという自覚があるのやら……」

 父は少し寂しげに言う。

「行くって言ってもすぐ近くの家じゃないか、いつでも会えるよ、さ、いこう」

 僕が促すと父はうなずき、部屋を後にして階段を降りていく。

 僕もそれに続いた。

 僕の名はウェイン=ストライフ、18歳、最初言ったとおり法務官を目指して勉強中だ。

 家族は法務官である父、ケインと、今度結婚を控えている姉のフローラの三人、母は僕が生まれたときに他界した。

 以後、父は男手一つで僕と姉を育ててきた。

 下流ではあるが貴族の家柄で、豊かとはいえないがそこそこの家に住み、食べ物に困ったことも無い、さらに僕も姉もちゃんとした教育を受けさせてもらえたのも父の努力の賜物だろう。

 特にこの時代、女性が教育を受けられる場は少ない、そういったことからも、父は姉をこよなく愛していた。

 今度の姉の婚礼は父にとって嬉しいのとともに寂しいのだろう。

 姉を迎えに玄関に降りると、父と姉、そしてもう一人、玄関の外に見知らぬ男がいた。

年は二十歳前後だろうか、二メートルを超える長身に長く伸ばした銀の髪と、整った顔立ち……だが、さらに男を目立たせているのはその身に着けているものだ。

白い旅装束……白い旅装束は死者の衣装として一般の人間は決して身に着けない、さらに、大きな白いマントで左半身を覆い隠している
額には赤い布を巻き、背には鎖で巻かれた棺らしき黒い箱・・・。

この男は墓穴から這い出してきたのか……そんなことを僕は思い浮かべる。

男のその姿は僕に死を連想させずにはいられなかった。

「さっき男の人達に乱暴されそうになって、そこをこの人が助けてくれたの」

 姉が簡単な説明をする

「乱暴されそうにって、大丈夫なのか?」

 父が心配そうに問いかける

「ええ、危ないところで助けてもらったから……」

 姉は答える

「オイ、ここまで送ったんだ、文句はねぇだろ、俺は行くぞ」

 男は汚い言葉で言い、身を翻す

「待ってよ、お礼もしたいし」

 姉が男を引き止める

「娘の恩人に礼もせず返したのでは私の面子がたたない、よかったら食事でも食べていかないか、なに、遠慮は要らない」

「父さん」

 父の言葉に僕は小さく声を上げるが、父は取り合おうとしない。

「……俺は見てのとおりの無宿者だ、トラブルの元になるかも知れねぇぞ」

「だが、娘の恩人に代わりは無い」

 父の答えに男は一つため息をつき

「逃がしてもらえそうにもねぇな……それじゃ、お言葉に甘えて世話になるとするか」

 男は言って家に踏み入れた。



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アンジェリカ第二節② 語らい(かたらい)
2007-09-15 Sat 23:38
男は出された料理を豪快に平らげていく。

「ずいぶん豪快な食べっぷりだね……」

僕は半分あきれて言う。

実に八人前の料理をあっという間に男は平らげたのだ。

「食えるときに食っとかねぇと、次はいつ飯にありつけるかわからねぇんでな……なにより、あんたの親父さんが遠慮はするなといっただろう?」

 男は言って笑う。

「確かにね……」

 僕は言って苦笑する。

「でもすごいのよ、私に襲い掛かってきた男の人たち全員をあっという間に追い払っちゃったんだから」

姉が少し興奮気味に言う

こういうことで興奮する人ではないのだが……恐らくこの男の手際が恐ろしく鮮やかだったのだろう。

「これから外出するときは気をつけなさい、最近は物騒になってきたようだからな……改めて礼を言わせてくれ」

 父は言って男に頭を下げる。

「別にたいしたことはしてねぇさ、うっとおしいハエ共を少し小突いただけだ」

 男は言ってコップの酒を飲み干す。

 さっきから水のように何杯も呑んでいるが、まったく酔っているようには見えない。
 しかし、わからない男だ。

 普通の流れ者ならどこかしらの訛りがあってもよさそうなものだが、男は荒いものの流暢に公用語を操っている。

 生まれを聞いても『そんなものは忘れたな』とはぐらかされた。

 何より謎なのは食事に右手しか使わないことだ、左手は半身を覆うマントから決して出そうとはしない。

 男の傍らに置かれている棺も十分すぎるほどに気になる

 それらについてもやはりはぐらかされ、父に窘められたためそれ以上の質問はできなかった。

「さて、腹八分といったところで止めておくか、今日は世話になったな」

 男は言って席を立つ

「そう急くことも無いだろう、今日は泊っていくといい、ウェイン、彼を客間に案内差し上げろ」

「はい」

 僕は父に答えて立ち上がる。

「やれやれ、疫病神を留めておくとロクな事はねぇぞ……といっても逃がしてはもらえないんだろうがな」

「案内するよ、行こう」

 僕に促され、男は苦笑を浮かべつつも僕の案内に従う。

 廊下に出て少し歩いたところに客間はある

「ここが客間、まぁ、ゆっくりしてよ」

 僕はドアを開けて男を客間に導く。

「あんたの姉さん、たいした美人だな」

 男の言葉に僕は顔をしかめる。

「あんまり変な気は起こさないでくれよ、来週結婚するんだ」

 思わず声に険が出る。

「俺には心に決めた女がいるんでな、そういった心配は無用だ……それに、やるならとっくにやってるさ」

 男はもっともな事を言って客間に足を踏み入れる。

「ありがたく寝床は使わせてもらおう、じゃあな」

「……ごゆっくり」

 僕は言ってドアを閉めその場を後にした。

 翌日、僕は相変わらず法律の本と格闘していた。

 コンコン

 ノックの音が部屋に響く

「……どうぞ」

 僕は手を止めてドアを見る。

 現れたのは男だった。

 変わるはずも無いが相変わらず目立つ格好だ。

「ほう、勉強家だな……」

 男は言って傍らの本棚に並んでいる分厚い本を手にとる。

「法律か……大層分厚い本だ」

 男は言葉を続け本をぴらぴらとめくる。

「まぁね……で、何の用?」

 心の中でこの男が字を読めることに驚きながらも僕は男に用件を聞く。

「なぁに、お前の姉さんと親父さんがいない間に退散しようと思ってな」

 男は本を閉じて元の位置に戻し

「まぁ、せいぜい大事な姉さんに気をつけるよういっとくんだな、じゃあな」

 男は言って僕の部屋を後にした。

 僕は伸びをして息をつく。

 やっと心配の種が一つ減った。

 そう思い僕は少し顔を綻ばせる。

 そして、カレンダーに目をやる

「明日からは学校か……」

 僕は呟き、また本の上に並ぶ文字に目を這わせた。



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アンジェリカ 第二節3 無惨(むざん)
2007-09-22 Sat 20:06
 翌日、久々に僕は登校した。

 マインスター法律学校

 父もこの学校から法務官になった。

 もう幾度と知れず歩いた並木道も少し新鮮に感じる。

「よう、ウェイン久しぶりだな」

 いつもの教室に着くと、よく知った顔が出迎える。

 久々に会う面々と顔を合わせ、自然と会話も弾む。

 僕はクラスの中で五人ほどのグループと付き合っている、話をするのももっぱらそのメンバーだ。

「今日は始業式だけで午後は開くらしいし、皆で遊びに行こうぜ」

 友人のうちの一人、メンバーのリーダー格のカイルが提案を出す。

「おっ、いいな」

 友人が提案に同意する。

「ウェインは今日開いてるか?」

 問いかけに僕は少し考える。

 いつもは父が道草をして帰ると

「法を扱おうという者が規則を破るとは何事だ」と怒るので何かと理由をつけて断るのだが、今日くらいはいいだろうと思い、頷く。
「ああ、今日は開いてるよ」

「よーし、それじゃあ決まりだな」

 カイルが言ったとき教師が教室に入ってきた。

始業式は滞りなく終わり、教室に戻った僕たちは教師から寄り道などせず帰るようお決まりの文句を言い渡され、その日は解散となった。

 その後、カイル達と外で待ち合わせをして合流し、店で軽く昼食を摂って僕たちは街に繰り出した。

 久々に勉強から解放された僕は友人達と楽しんでいた。

 そんな中、路地裏で人だかりができているのに気付く。

「お、何だ?、行ってみようぜ」

 カイルは言うやいなや人だかりに近付いていく。

 僕達もそれに続いた。

 カイルの野次馬根性は今に始まったことではない。

「よ、なにがあったんだ?」

 カイルが野次馬の一人に尋ねる。

「強姦殺人だとよ、よってたかって男共に嬲られた挙句めった刺しだそうだぜ」

 野次馬の男はこともなげに物騒な言葉を口にする。

「げ……さすがに俺もこういうのはパスかな……」

 カイルは珍しく引いたように顔をしかめる。

「行こう、せっかく皆揃ってるんだし、そんなもの見ることもないだろ」

「そうだな」

 僕の言葉にカイルは同意し、僕達はその場を後にした。

 そして、そこそこの時間に僕は彼らと別れ家路に着く。

(久しぶりに楽しかったな)

 そんなことを考えながら家の前に着くと、家の前に憲兵が立っていた。

「あの……僕の家になにか?」

 僕が声を掛かけると憲兵は横柄な視線を僕に投げる。

「お前がウェイン=ストライフか?」

「そうですけど……」

「では、詰め所まで同行願おうか」

 憲兵の唐突であり不躾な言葉に僕も流石に頭にくる。

「僕が何をしたっていうんです!?」

 僕が声を少し荒くして問うと、憲兵は忌々しげに舌打ちをし

「お前が何かしたわけではなく、お前の姉が殺されたんだ、一応本人の確認と身柄の引渡しをせねばならん、お前からも聞きたいことがあるそうだ、同行願おう」

「そんな……姉さんが……」

 憲兵の告げた言葉はあまりに衝撃的だった。

「こっちも暇じゃないんだ、これ以上手間をくわすなら縄を打つぞ」

「わかりました……ご一緒します」

 憲兵の脅しに、呆然としながらも僕は頷いた。


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


 
 憲兵詰め所、死体安置室

 そこに、死体は横たわっていた。

 憲兵がゆっくりと顔にかけられた布をとる。

「……姉さん……!」

 僕は、認めたくない事実を口にした。

 布の下から現れた顔は確かに僕の姉、フローラだった。

「間違い、ありませんね?」

 憲兵の問いに僕はただ頷く。

 今一緒にいるのは迎えに来たのとは違う人だ。

「……心中お察しします」

 ガチャ

 憲兵の言葉とともに入り口のドアが音を立てて開き、二人の男が部屋に踏み入れてくる。

 内一人は憲兵、もう一人は父だった。

父の視線は少しの間宙を彷徨った後、一点に釘付けになる。

「…………フローラ……」

 父は姉の名を呟き姉のなきがらの傍らに歩み寄る。

「フローラ、起きてくれ……一緒に家に帰ろう」

 父が姉に語りかける……無論、返事はない。

「父さん……」

「何故だ、どうしてこんなことに……娘が、娘が一体何をしたというんだ!」

 父は天井を仰ぎ見て叫び、その場で膝を折り姉に縋(すが)るようにして声を上げて泣き崩れる。

 僕は、ただその様子をじっと見ることしか出来なかった。

 今、目の前で起こっていることにまるで実感がもてない。

 いや、僕は目の前の現実を受け入れることが出来なかった。

 何より、僕はここまで取り乱す父を始めて見た、それが僕の感覚をさらに麻痺させたように思えた。

 このあと、僕と父は、改めて姉が無残な方法で殺されたことと、犯人がまだ捕まっていないことを告げられた。



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アンジェリカ第二節4 葬送(そうそう)
2007-09-22 Sat 20:45
 二日後、姉の葬儀が街の北に広がる墓地で執り行われる。

 空は、姉が死んだことなどまるで意に介さないといわんばかりに晴れ渡っている。

 姉の友人や学校での担任など大勢の参列者が訪れた.

「ウェイン君……」

 声をかけられ僕は振り向くと、そこにはよく知っている顔があった。

「エリックさん」

 僕に話しかけてきたのは姉の婚約者だったエリック=クレイダーだ、彼もまた、父と同じ法務官をしている上、貴族の階級に属している。

「フローラは、本当に……殺されたのか?」

 僕は彼の問いに暫く答えることが出来なかった。

 僕は俯き目を閉じる。

 そう、姉さんは死んだ、もうあの笑顔を見ることも、言葉を交わすことも……出来ない。

 そう思うと、僕の頬を涙が伝った。

「…………はい」

 僕は、重い唇を開き、受け入れなければならない答えをやっと口に出した。

「そんな……何故こんなことに……これから二人で……幸せになろうというこのときに……なぜ……」

 エリックはよろめき倒れそうになる。

「エリックさん!」

 僕は慌ててエリックの体を支える。

「す、すまない……もう大丈夫だよ」

 エリックは言って体を立て直す。

「……私としたことが、取り乱してしまった……」

 エリックは苦笑しようとしたらしかった。

「いえ、お気持ちは、わかります」

 僕は自らの頬を伝っていた涙を拭う。

「そういえば、神父様がまだこられていないようだね……」

 エリックの指摘に僕は辺りを見回すが確かに神父の姿はない。

 そういえば、神父が来るのが遅い。

 参列者と話していた父が話を切り上げこちらに歩いてくる。

「ご愁傷様です」

 エリックが父に声をかけ頭を下げる。

「……エリック君……娘がこんなことになって婚約者の君にも気の毒なことだと思う……」

 父は言ってエリックに頭を下げる

「頭を上げてください、あなたは何も悪くない」

 エリックは慌てて父を宥める。

「そういってもらえると私も少し楽になる……」

 父は言って頭を上げる。

 あの後、父は比較的落ち着いていた。

 だが、恐らく昨日は泣きはらしたのだろう、目は充血しその周りは少し腫れている。

 法が必ず犯人を裁いてくれる、父はそう言った。

 法は必ず正しい者の味方だというのが父の口癖だ。
 僕も、父のその言葉を信じている。

「ウェイン、神父様が遅れているようだ、迎えに行ってくれるか?」

「わかった、行ってくるよ」

 僕は言って教会へと足を向ける。

 しかし、僕はすぐ足を止めることとなった。

 神父とシスターがこちらに歩いてきているのが目に入ったのだ。

 程なく神父とシスターは僕らの許に辿り着く。

「遅れて申し訳ありません、私は四翼聖教で神父をさせていただいておりますホルス=アークと申します、こちらは双子の妹でシスター・アストラ=シェスタ」

「どうも」

神父とシスターは丁寧な物腰で挨拶をする。

神父、シスター、ともに若い。

どちらも二十代になるかならないかといったところで、まるで彫像のように美しい容姿をしている。

「お待ちしておりました、喪主のケイン=ストライフです、本日はどうぞよろしくお願いします」

 父も礼に倣った対応で彼らを迎えた。

 今日び珍しいほど神父の祈りは流暢で堂に入っていた。

 金で僧籍が売り買いされる時代だ、似非といわれても仕方ない神父も山のようにいる、それに比べれば、この神父は若くして大した修行を積んだのだろうと思えた。

 葬儀は滞りなく進み、無事終わりを迎える。

 参列者は姉との別れを惜しみつつも去っていく。

 最後まで残ったのは神父とシスター、父と僕、そしてエリックだ。

 エリックはいまだに姉が埋まっている場所を見つめている。

「すみません、喪主の方とお話したいことがありますので、他の方は席を外していただけますか?」

 神父が僕に申し出てくる。

「あ……はい、それじゃ父さん、僕は先に帰るよ」

 僕はその申し出に少し違和感を感じつつも頷き父に話しかける

「ああ、そうしてくれ」

 父は静かに答える。

「エリックさん、行きましょう」

「……ああ……」

 僕の呼びかけにエリックは答え、僕たちはその場を後にした。
 
「私はここで失礼しよう……」

 分かれ道に差し掛かると、エリックはそう言ってそそくさと僕とは違う方向に歩いていく。

(?、そっちは確かただ墓場があるだけだったような……)

 エリックの後姿を見送りながら僕はそんなことを考える。

「よう、こんなところで会うとは奇遇だな」

 突然かけられた声に振り向くと、そこにはあの白尽くめの男が立っていた。

 相変わらずの死に装束に背負った棺、まさにこの場所に相応しいといえる容貌だ。

「しけた面してるじゃねぇか、どうした?」

「……姉が……殺されたんだ……」

 僕が問いに答えると男は少し驚きの表情を浮かべる

「殺された……そうか、噂の強姦殺人の被害者は、あの姉ちゃんだったか……」

 言わなくても男は察したらしかった。

「数日前に姉さんを襲った奴等の顔を覚えてるなら、証言してもらえないか、姉さんを殺した奴等の手がかりになるかもしれない」

「わりぃが忘れたな、仮に覚えていたとしてもお断りだ」

 僕の頼みを男は無下に断る。

「何故?」

「俺は見た通りろくな育ち方をしてない、あんたらから言わせりゃ犯罪者の部類に入るだろうな、言っとくが俺は人を殺したことだってあるぜ」

 僕の問いに男は答え口の片端を上げる。

「なら、なおさらだ、あんたは罪を償わなきゃならない」

「くだらねぇな、罪だの償いだの、そもそも法なんてのはテメェらの言うところのお偉いさんが、テメェの都合よく拵(こしら)えたもんだろう?、そんなモンに乗っかっていられるほど俺は脳が天気じゃねぇんでな」

 男はさらにその表情に威圧感を付け加え言葉を続ける。

「それに、テメェ等は戦争だの何だのといって法と正義の名の下に、そこらじゅうでさんざ派手に殺しあってるだろうがよ、それに比べりゃ、俺の殺してきた人間の数なんてたかが知れてる」

 男の言葉、それは法に対する侮辱だった

「法は人が人と関わって生きていくための決まりだ、あんたは一人で生きていけるとでもいうのか!?」

 僕は声を荒らげて切り返す。

「俺は法ってやつに庇護していただいた覚えはねぇな、それどころか法も、信仰ってやつも俺を化け物呼ばわりして殺そうとしてきやがった、俺を殺しにかかってきたやつらを殺して何が悪い」

 僕は言い返そうとするが、男の目を見て言葉を飲み込んだ。

 それは、まさに野生に生きるものの眼光というべきものだった。

 今まで僕はこんな目をした人間を見たことがない、それほどに強烈な光を男の目は湛えていた。

「あんたは、頭はいいのかも知れねぇが賢くはないな、少々理想が高すぎだ……いつか、あんたはその信じるものに失望する時が来る、それが明日なのか、十年後なのかは知らねえがな」

 男は言って僕の横を通り過ぎていった。

 僕は、拳を握り締めその背を見送ることしか出来なかった。
 



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アンジェリカ 第二節5 異変(いへん)
2007-09-29 Sat 22:13
「遅いな……父さん……」

 家に帰った僕は父の帰りを待っていた。

 もう日も暮れる頃だというのにまだ帰ってこない。

 こんな状況では勉強にも手がつかず、僕はただ窓の外を見ていた。

(……迎えに行こう)

 僕はそう思って立ち上がり、一階に降りると、父は既に帰っていた。

 だが何か様子がおかしい。

 僕のことにも気がついていないようで、いすに座ってテーブルに両肘をついて手を組み何かブツブツと独り言を呟いている。

「父さん?」

「…………………………」

 僕が呼びかけても父は反応を見せない。

「父さん」

「!!」

 僕は言って父の肩をぽんと叩くと、父は飛び上がるほどの反応を見せる。

 その顔色は、蒼白だった。

「あ……ウ……ウェインか、どうした?」

「どうした、じゃないよ……帰ってるなら何か一言いってよ、心配したよ……」

「ああ、すまん」

 父は素直に謝る。

「それにどうしたの、独り言を言ってたみたいだけど・・・顔色も悪いよ」

「あ、ああ……少し疲れているようだ、今日はもう休むとしよう」

 父は言って立ち上がる

「本当に大丈夫なの、病院に行ったほうがいいんじゃ……」

「大丈夫だ、一晩寝れば直るさ」

 父は弱弱しく微笑んで自分の部屋に戻っていった。

 僕は、一つため息をつき

「僕も、疲れてるみたいだな……早めに寝よう……」

 僕は呟いて二階の部屋に戻りその日はそのまま眠りについた。
 



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