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アンジェリカ第一節⑨ 祝福(しゅくふく)
2007-08-22 Wed 20:10
 私は、シスター・マリアベルの後をついて歩いていた。

 逃げたところでつかまることは明白だ。

 深夜の聖堂は不気味に静まり返っている。

「……あなたたちは、いったい何者なんですか……?」

 私はシスター・マリアベルに訊く。

「私たちは聖天使より洗礼をうけ、祝福を得るに至ったものです」

 また洗礼という言葉が出た、しかし、祝福とはなんだろうか。

「祝福……?」

 私は疑問を口にする。

「祝福とは、聖天使が私たちに齎(もたら)された真の魂の救済……絶望の果てにある境地」

 シスターマリアベルの言葉は私の理解を超えていた。

「分からずともよろしい、あなたは選ばれし御子、役目を果たせばいいのです」

 背中越しにかけられるシスター・マリアベルの言葉に、私は新しい疑問を投げかける。

「選ばれし御子……私がどうして……?」

私の問いにシスター・マリアベルは立ち止まる。

私も立ち止まり、答えを待つ。

気付けば、いつもの朝のミサや集会に使われていた聖堂の広間についていた。

 ぽつぽつと蝋燭が並べられているものの、広間はその大半が闇に包まれている。

 普段なら天井のステンドグラスや壁に描かれた聖画が鮮やかに見えるのだが、今は暗がりに包まれ色褪(いろあ)せている。

 それと、なにか不快な臭いが鼻についた。

「あなたの中には多くの人間の魂が込められています・・・そう、数千人の魂の力が・・・」

 その答えの意味を私は理解できない・・・いや、理解することを私は拒んでいた。

「それはどういう・・・」

 私の問いのシスターマリアベルは振り向き

「私たちの主、グラフィアスは先の『大戦』で深い傷を負いました・・・」

 グラフィアス・・・記憶の戸棚から私はその名を探す。

 それは、十二使徒の一人の名だ。

 十二使徒の名は殆ど記録から失われているが、その名は記録に残る数少ない名の一つだった、確か枢機卿の中にその名を冠する方がいたはずだ。

 聖天使より福音を受けし十二人・・・千年以上前にいたとされる人物だ。

「あの方はその傷を癒すため多くの人の命を必要とされた・・・そう、あなた達の言い方だと生贄になるかしら……」

 私は目眩を覚える。

 四翼聖教の教えには“命は尊いものであり、誰もそれを奪う権利はない”と、謳(うた)っているのだ。


何より、邪教の野蛮な風習として、生贄を禁止している四翼聖教が率先して生贄を捧げているというのか……。

「そして、ある方法をとることにした……一つの都市の住人を虐殺しその魂を十三人の御子の体に封じ、それらを儀式によってあの方が取り込む……実際のところ十二人の御子は無事に捧げられた・・・あなたを除いて」

 私は、一歩身を引く。

 そのとき、広間に並んだ蝋燭が一斉に勢いよく燃え上がり今まで照らされていなかった広間の全貌を照らし出す。

 シスター・マリアベルの背後現れたもの……

 それはその身に血を浴びた聖天使像……そしてその足元に積み重なった……。

「な……」

 私は思わず声をあげた。

それは死体の山だった。

 自分の同僚であったシスター見習いたち、その全員だろう、積み重なり、山になっている。

 その下の血溜まりが、生き物のようにうごめき、床に幾何学的な模様を描く。

 見覚えがある……そう、これは確か夢の中に出てきた図形だ。

「さあ、儀式を始めます、こちらへいらっしゃい」

 シスター・マリアベルが手を差し伸べてくる。

 私は身をさらに引く。

「仕方ありません、無理やりにでも」

 シスター・マリアベルが私に歩み寄ろうとしたそのとき

 ガシャアアアアアァァァン


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



 凄まじい音と共に天井のこの大聖堂の象徴たる大ステンドグラスが粉々に割れて、硝子の破片とともに、一人の男が広間に降り立つ。

 外の雲が晴れたのか、ステンドグラスのあった穴から青白い月光が降ってきている。

 月光と、それを映し煌くガラス片の中に佇むその姿は、間違いなくあの白尽くめの男だ。

 服はボロボロ、体中血まみれだが、その右手には、折れたはずの白い炎の形をした大剣が、元通りになって握られている。

「やはりきましたか……」

 シスターマリアベルが忌々しげに言う。

「つれねぇな、せっかく十年前の決着をつけに来てやったんだ、つきあえよ」

 男は言って月光の中で笑みを浮かべる。

 シスター・マリアベルは答えず、懐から短剣を取り出し自らの手首を切る。

「!?」

手首から流れ落ちたのは赤い血ではなかった。

禍々しい黒い血、それが床に大きく広がっていく。

血はすぐに止まり傷も掻き消え、床にぽっかりと空いた穴のような血溜まりができる。

突然それが沸騰するように泡立ち蠢いた。

そして、沸騰する闇色の中から異形のものが十数匹生まれてくる。

あのとき私を襲った巨大な蛆だ。

「行きなさい、我が落とし子よ、その顎(あぎと)で喰らいつき血肉を啜(すす)りなさい」

マリアベルの命に従い、蛆達が男へと喰らいつかんと襲い掛かる。

 しかし、その悉(ことごと)くを男は斬り伏せ、または握りつぶし、貫いて殺していく。

男は最後の蛆の頭部を握りつぶし、それをそのままマリアベルに投げつける。

 ヴヴヴヴヴ

 奇妙な音がどこからか聞こえ、蛆はマリアベルに激突する前に空中で爆ぜ、黒い霧となって溶け消える。

「こんな雑魚じゃ百匹いても俺は倒せねぇ……わかってるんだろう?」

「仕方ありませんね……」

 マリアベルは言って目を瞑る

 すると、彼女の体が変わり始めた。

 タニアのように羽根が生えるなどといったレベルではない、全身が大きく変貌(へんぼう)していく。

 骨が軋(きし)み肉が裂ける音が生々しく聞こえ、肌の色も変わっていく。

 体のサイズが変わるのに伴い服も裂け、異形の肌が晒される。

 そして、シスターマリアベルだったものは巨大な蝿(はえ)になった。

 体長が十メートルに届こうかといわんばかりの巨体だ。

「聖天使よ……」

 私は思わず呟いていた。

「残念だが今はお祈りの時間じゃあねぇ、死にたくなけりゃとっととここから離れろ、ここから先はお前ら人間の領域じゃあねぇ……俺達の化け物の世界だ」

 男に言われ、私は正気を取り戻し広間の入り口まで退避する。

「まずは、小手調べと行きましょう」

 巨大な蝿は少しこもっているものの、シスター・マリアベルの声音で喋る。

 それが私の嫌悪感をいっそう強めた。

 シスター・マリアベルが男に向けて巨大な羽根を震わせる。

 ヴヴヴヴヴヴヴヴ

 凄まじい音とともに広間にしつらえられた鏡や硝子(がらす)は全て割れ、壁や床に亀裂が走る。

 そして、音がひときわ高くなったとき、突然に土煙が巻き上がり男の姿を覆い隠す。

 やがて、土煙が晴れていき、あたりの様子が見え始める。

 広間の半分はめちゃめちゃに破壊されていた。

 男の姿は見当たらない。

「瓦礫に埋もれましたか……どちらにしてもただでは……」

 マリアベルが言ったとき、突然に瓦礫の一部にある柱が持ち上がり、その下から男が現れる。

 男は異形の腕で柱を持ち上げ、それをそのままマリアベルに投げつけた。

 凄まじい勢いで柱は一直線に目標へと飛んでいく。

 ビュウッ

 マリアベルは口から液を吐き出し、それが柱にかかる。

 ジュワッ

 そんな音を立てて柱は空中で溶け消え、強烈な酸の臭いがあたりに立ち込める。

「ほう、やるじゃねぇか、蝿の分際で」

男は大剣を肩に担ぎ、額から血を流しながらも不敵な笑みを浮かべる。

「あなたこそ、さすがは大敵と呼ばれるだけはある……といったところでしょうか」

私は、この現実離れした二人のやり取りを声もなく見ていた。

 私は物語の中にでも迷い込んでしまったのか……いや、それともここはもう地獄なのか……。

「俺と二回対峙して、ここまでやったのはお前が初めてだ……褒美にこいつを紹介してやる……」

 男は言って、白い炎の大剣を振り下ろしその存在を誇示する。

 そういえばあの剣は折れたように見えた……いや、確実に折れていた。

 しかし、男の剣は元に、いや、よく見ると微妙にフォルムが違うようにみえる。

 やがて、刀身が揺らめき始め輝きを帯びていく。

 まるで本物の炎のように……

 白い炎、男の大剣の刀身は正にそれになっていた。

 それは音もなく燃え盛り、無数の白い火の粉を巻き上げて月影の降る淡い闇を幻想的に彩る。

「彼女が……アンジェリカだ」



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